この静かなる膠着状態を何とか打破するために、人間側もただ呆然と手をこまねいているわけではない。ポケットから最終兵器である犬用のチーズ味ボーロを取り出し、彼の湿った鼻先にそっとチラつかせてみる。普段なら目をキラキラ輝かせて飛びついてくるはずの大好物の匂いにも、今の彼は信じられないほど冷淡な反応を示す。プイッと意地悪く顔を背け、「今はそういう安っぽい気分じゃないんで」とでも言いたげな誇り高い態度をとるのだ。食べ物による露骨な買収工作が失敗に終わると、次なる手段は高度な心理戦である。
私はリードを持ったまま大げさな身振りで、「じゃあね、バイバイ。おいて先に行くからね」と不自然に明るい声で嘘をつき、小走りでその場を立ち去るフリをしてみる。飼い主が離れていくことに焦って追いかけてくるという、犬の群れの本能に直接訴えかける古典的な作戦だ。しかし、彼はこちらの必死の小芝居を氷のように冷めた目で見つめるだけで、肉球を1ミリも動かそうとしない。
「どうせリードの長さの限界が来たらそこで止まるんでしょ」という私の浅はかな計算と行動パターンを、完全に底まで見透かしているのだ。結局、リードがピンと張ったところで私が力なく立ち止まり、気まずい沈黙の中で元の場所へとトボトボと戻ることになる。おやつという食欲にも、飼い主が消えるという孤独の恐怖にも全く動じない。ストライキを決行中の柴犬は、まるで悟りを開いた修行僧のようにすべての煩悩を綺麗に捨て去っている。人間の小賢しい知恵など全く無力なのである。
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